ピルという医薬品が世界で初めて登場したのは1950年代、アメリカのことでした。
当時のアメリカにはまだ女性が主導できる避妊器具というものがほとんど無く、ペッサリーに頼り切っていた状況でした。
しかしペッサリーがあると言ってもそれを常に使えるのかと言われればそうではなく、避妊に失敗すれば人工妊娠中絶によって堕胎をしていたのです。
そうした状況を知り、初めて経口避妊薬の開発に着手したのがピンカス博士とロック博士の二名でした。
黄体ホルモンが妊娠に関係しているという発想を得た博士たちは、黄体ホルモンを経口摂取することによって女性が主導した避妊が出来るだろうと考えたのです。
両博士が研究を進めた後の1955年、東京で開催された第5回国債家族計画会議の中でピンカス博士は自身の臨床実験データを元に黄体ホルモン投与による避妊の確実性を説き、会議に参加していた学者たちに深い感銘を与えます。
1957年以降になると日本医科大学の石川教授を班長としたチームが日本国内でも研究を勧め、ノアルテン錠とエナビット錠という二つの医薬品を月経異常治療薬として完成させました。
ただしかし、このような流れがあってもピルがすぐに世界に定着したわけではありませんでした。
そもそも強い吐き気があるために服用できないという女性が少なくなく、加えて1961年には服用によって血栓症のリスクが上がるという報告もされてしまったのです。
そこから医学界はさまざまな研究を始め、血栓症の原因であるエストロゲンを大きく減少させた今日の低容量ピルの開発を進めることになります。
1976年ごろには欧州で40%前後の女性がこのタイプの避妊薬を服用をしていたというデータがありますから、欧州では1970~1980年代にかけて広く普及が始まったと見ることが出来るでしょう。
ただしかし、日本国内においてこの避妊薬の処方・販売が認められたのは驚くべきことに21世紀もほどちかい、1998年のことでした。
これは「避妊薬の普及によってHIVの感染者が増える」という1992年の厚生労働省の判断があったからであり、1995年に学会がHIV感染との間の相関関係が認められないことを証明して、ようやく審理が再開したということが大きく関係しています。
現在においてもドイツやオランダなど欧州では50%の女性が服用をしているのに対し、日本は1.1%しか服用していないという明確な差があります。
ただ適切に使用すれば望まない妊娠の予防はもとより、計画的な子ども作りにも寄与してくれることは間違いありませんから、今後どのように状況が変化していくかということは観察する必要があるでしょう。